左官一服噺  建物○川越の見世蔵(かわごえのみせぐら)1(misegura ) 59

川越の見世蔵

川越の見世蔵;庇は1階の外壁面より三尺程出ていて、庇上が三尺程下がっています。棟は隣家より1寸でも高く。

川越は荒川支流の新川岸川の船便を利用し江戸に運ぶ集積地として栄えてきました。古くから江戸とは政治的・文化的にもつながりの深い土地で、「小江戸」と呼ばれています。江戸が東京になった明治以後も同様で、川越は埼玉県有数の商業都市として発達しています。

その川越が明治26年(1893)に大火にみまわれ、3300戸のうち約40%近くの1300戸の家屋が焼失したと記録されています。その焦土の中、川越の人々は火事に強い見世蔵の威力をまざまざと見せつけられました。復興するに当たり、川越の商人たちは争うように土蔵造りの見世蔵を建て始めました。明治政府が奨励するレンガ造りを用いず黒塗りの土蔵を建てたのです。東京の問屋の土蔵造りを手本に、各店競争でよい職人を奪いあうようにして、普請けさせたと記録されています。

川越の蔵造りは見世蔵と袖蔵からとで構成されています。見世蔵は平入りであるのに対して、袖蔵は切妻の妻側が表通りに面しています。見世蔵は商売する場で、袖蔵は貯蔵庫とされます。袖蔵と見世蔵は並んで建てられ、袖蔵は風上側に建てて見世蔵を火災から守ります。

川越の土蔵の特徴は二階建で平入りとし、下屋庇をもちます。庇は1階の外壁面より三尺程出ていて、庇上が三尺程下がっています。火災のとき、屋根に上がりやすくするためです。

川越の見世蔵の特徴は屋根にあります。特に棟は、背が高い箱棟にしてあります。この理由は、関東の土が悪く瓦の質が劣るため、瓦を高くしないと、雨がしみこみ棟木を腐さらしてしまうからです。別の理由として、棟の高さは、商人の見栄をも満足させるもので、「隣の家より、1寸でも高く」が本音かもしれません。

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