左官一服噺 建物○旧帝國ホテル(Old Imperial Hotel)77
旧帝国ホテルは内幸町に大正12年(1923)に建設され、現在は愛知県犬山市明治村にその一部が移設されています。設計はアメリカを代表する偉大な建築家であるフランク・ロイド・ライトです。旧帝国ホテルが完成したのは、大正12年で、関東大震大打災の直前でありましたが、大きな被害がありませんでした。
被害を免れたのは、伝統的日本建築の構造である柔構造で、免震構工法によるものとされております。これも、ライトが日本を愛し、日本の伝統を重んじたことによるものとして有名な、噺となっています。
この傾向は、構造躯体の構成に見られます。鉄筋コンクリートで片持ち梁の水平で、深い軒の目立つ外観であり、平面構成が華麗で、複雑な空間構成の内部など、設計者ライトの非凡さが、如実に現れており、建物の内部ディテールにも見ることができます。内部の仕上げは、幾何学模様を彫刻した日本的素材の大谷石と、黄褐色のテラコッタを主要な仕上げ材料としております。
特にテラッコッタの使用が多く、当時は『穴抜け煉瓦』とも呼ばれていました。ここでのテラコッタは、日本的な松(松傘・松ぼっくり)をモチーフとしていました。
また大谷石の使用はライトの建物に特徴付けられていますが、我が国では、主に門塀工事や暗渠などの建築の付帯部分に使用されるものでありました。旧帝国ホテルでは、主体構造になりませんでしたが、主要な仕上げ材料として、大量に使用されています。
ライトがあえてここで使用した理由は、デザイン的要素もありますが、大谷石は細工がしやすく、大量に入手できるという理由があったのかもしれません。
外壁を彩るスクラッチタイルは、傷のような縦溝のついたもので、別名が『スダレ煉瓦』とも呼ばれていました。スクラッチタイルは、当時、旧帝国ホテルの建築現場の脇で、製作され、そこが工場にもなっていました。タイルの溝を切るのに、等間隔の釘を板に打ち付けたものを両手で持って息を殺して真っ直ぐ引いたものだそうです。結果的に、この溝の醸し出す壁面での妖しさは、人間の手によるものでありました。その後、このスクラッチタイルは東京大学はじめ多くの公官舎で採用されたアール・デコ調の代表的外壁材料ともなります。現場脇にあった工場は、その後、伊奈製陶に引き継がれることになります。旧帝国ホテルで使用された仕上げ材料は、震災後の我が国の建築に大きな影響を与えています。その実情は、またの機会に。
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