左官一服噺  部位○虫籠窓(むしこまど)(mushiko-window )87

徳島脇町にある卯建と虫籠窓

徳島脇町にある卯建と虫籠窓

  虫籠窓(むしこまど)とは、土蔵建物にある窓の一種で、窓にある木裏の板や垂木等をすべて塗り込み、土塗りの格子のあるものです。京阪地区の町屋建築の二階正面の窓の解放時、格子があることで、下を通る人を見下げない意味もあります。

   徳島県の中央を東西にとうとうと流れる吉野川を、西上流に向かって中程の北側に脇町があります。舟運で栄えた町で、卯建の町として知られています。吉野川は「四国三郎」と呼ばれる川で、ちなみに関東の利根川が「板東太郎」、九州の筑後川が「筑紫二郎」と別名があります。

  吉野川の氾濫は大きな被害を与えますが、同時に肥沃な土が、徳島名産の藍草の成長を助けます。流域にある藍住町は、藍の生産が有名であり、藍を寝かせる寝床構造の土蔵が連ねています。これを藍土蔵と呼び、ここで藍を寝かせて発酵させます。藍の生産過程で重要な工程で、この発酵を失敗すると甚大な損害をこうむるといわれます。その発酵によい環境を施すのが、敲きの土間と分厚い壁の藍土蔵と呼ばれる土蔵であります。藍土蔵の母屋は、街道に面しており、ここでは卯建が競い合っています。特に脇町は有名で卯建だけでなく虫篭窓の存在も全国的に知られています。

 平屋の町屋では、当初、屋根裏部屋を作り、中二階の物置を造りました。その後、作業場としても使用するようになると、当然、採光と通風のための窓が必要となります。これが土塗格子の虫籠窓へと発展して行きます。

中二階の物置のことを「厨子二階」・「小二階」と呼びます。虫籠窓は、格子状のため、内側からは外側がよく見えますが、外側からは内側をみることができません。商人が下を通り人々、特に武士を見下ろすことか憚(はばか)られたのでしょう。

  虫篭窓の格子は、角材を芯にして、ぐるぐると「縄巻き」をして土を塗りつけます。「本六つ」と呼ぶ四寸角の材木を六つ割にして、縄を巻き土を塗ります。格子の間隔が狭いので、元首鏝を使用して作業しますが、内部側と外部側との二人の相番で作業すれば、効率がよく、定木作業の張り込み精度もよくなります。

   商家や農家を漆喰で塗籠めとした塗家造りの虫篭塗りは、関西方面に多く、関東や東北ではあまり見ることがありません。関東と関西では土蔵構造が江戸期から大きく異なっています。また、徳島県の方々は、きれいな京言葉を使います。卯建や虫篭窓は京都と深い関係があると推測します。京都との深い関係は、蜂須賀が統治する前、応仁の乱からの三好氏に溯(さかのぼ)るとみてよいと思います。

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